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2008年8月25日 (月)

花火Ⅵ

まるがめ婆娑羅まつり2008 婆娑羅花火です。→婆娑羅の由来

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例年、海際でど迫力の花火を堪能していましたが、今年はちょっと遠目から。。。

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コメント

今度は丸亀花火ですか^^
こちらも綺麗です^^
こちらは町のど真ん中の様な^^
婆娑羅とはどう言う意味なのでしょうね^^

投稿: 明日はケロリ^^ | 2008年8月26日 (火) 05時23分

ケロリさん、ありがとうございます。
まるがめ婆娑羅まつりのホームページに婆娑羅の由来がありました。
以下はホームページからのまるごと引用です。

「薬師十二神将(じんしょう)の一神で、伐折羅大将・金剛(こんごう)大将とも呼ばれます。
「バサラ」は梵語(ぼんご)(サンスクリット)の「vajra」で、意味は異なりますが金剛や金剛杵(しょ)とも訳されます。金剛はダイアモンドのことで、右手に持つ剣が金剛杵なのです。そのお姿があまりにも際立(きわだ)って異様だったので、鎌倉末期ころから奇(き)をてらい華美をつくす振る舞いや派手(はで)な姿をする伊達者(だてもの)も「ばさら(婆娑羅・婆沙羅・婆佐羅・時勢粧)」と呼ばれるようになりました。
今の丸亀市の中心市街地は、江戸時代丸亀藩の城下町でした。この城下町を発展させたのは、藩主の京極氏でした。この京極氏の祖先で「婆娑羅大名」と呼ばれ、脚光を浴びた人物が「佐々木道誉」です。
彼は、室町時代の初期に活躍し、足利尊氏を助け、室町時代を支えた実力者でした。自由・狼藉がまかり通っていた時代に、従来の秩序や権威に対して、果敢に挑戦した道誉を「婆娑羅大名」の代表格としました。
まるがめ婆娑羅まつりは、中心市街地が「婆娑羅」の気風を受け継ぎ、再び丸亀の顔として、賑わいのある街になることを期待して、名付けたものです。」

投稿: まっすー | 2008年8月27日 (水) 20時37分

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